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大企業の「イノベーション担当」のメンタルは顔に出る

大企業の「イノベーション担当」のメンタルは顔に出る
〜こちらの方が正しいから、こちらの方が楽しいへ〜


Photo by Dustin J McClure


仕事上、大手企業の「○○イノベーション推進事業部」などという名刺に刷り込まれた方にお会いすることが多いのですが、新人で最近配属された若手の方はそうでもないのですが、ある程度の年齢になってその部署にいる方はかなりの確率で、軒並み暗い顔をされています。

 なかには、相当な焦燥感を顔の表情から感じられる方もいらっしゃいます。


 普通に考えたら、「○○イノベーション推進事業部」に配属されたら、とてもワクワクドキドキしてとても楽しくてたまらないという感じなのですが、現実は違うようです。


 これ、なんとなくわかります。ここからは単なる推察にすぎませんので悪しからず。。


 わたしの仮説は以下です、


 大企業の中の既存のラインの中で育ってきたサラリーマンは、これまでは部門の大方針があり、その大方針に基づいてパスされたボールを可も不可もなく上手に裁くことでサラリーマン人生を送ってきたのだと思います。


 そこに来て、「当社のリソースを活用しながら、新規事業のネタを探して欲しい」というようなザクッとしたミッションをわたされ、あとは放置プレイになるわけです。


 これまで、「これをやれ」、「あれをやれ」、「これ以外はやるな」(極端な表現ですみません、わたしも某大企業出身ですので、一応、実体験アリです)とか言われていた人たちです。


 籠(かご)の中で大切に育てられた鳥たちが、突然、鳥かごの出入り口を解放され、「どこへでも好きなところへ翔んでいっていい」とか言われるわけです。


 それは、最初は楽しくて、いろいろなセミナーやイベントに顔を出して様々な人々とつながり、刺激的な日々を送るわけです。時には土日や夜の時間も使ってイベントに参加します。


 そして、半年、1年経つわけですが、そこで、「事業の種は見つかった?」・・「そろそろ成果出せそう?」・・「もういい加減1年経つんだからさ」とだんだんプレッシャー強まるのではないでしょうか。


 インターネットで集めたような情報を元に、それなりに見栄えの良い事業プランは出せるのかもしれません。でも、自分の腹の底から生み出したビジネスプランではなく、すでに他社が開始したような事業を参考にして、自社の規模に応じてビジネスをスケールしまくった「水風船」のように膨らせまくった事業プランはさすがに魂の無さを、まま見抜かれます。


 上司にプランを出すと、当然、「よく聞くような事業アイディアだね」とか「当社のリソースはどこで活用出来る?」、「事業の特異性は、差別化は?」とかの千本ノックが来るわけです。


 おそらく、KPIで決められた期間でこれだけの新規案件を提出せよということなのだろうと思われますが、千本ノックを何回も経るとさすがにメンタルに来る方も多いでしょう。

 わたしも知る方で、何人かメンタル的に課題を抱えていらっしゃるように見受けられる方が多いです。


 そもそも、大企業の中で様々の部門間の軋轢を超え、全く新しいことを企画して、それを実行に移して、実際の成果をだす事は、ベンチャーを立ち上げて、そのまま上場に持ち込むこと以上に相当ハードなことです。


 中小企業やベンチャーならば、既存のステークホルダーが少ないのである程度の自由度があるかもしれませんが、大企業ならば幾つもの部署の調整作業を進めなければならず、調整作業だけでエネルギーの98%を消費してしまい、残りのわずか2パーセントのエネルギーで実行をしなければならないとか、ということも多いはずです。


 調整作業の中で何をやっているのかというと、ひたすら「こちらの方が正しい」ということを関係各部署に説明して口説くわけです。


 一方で、自分自身の体験から、心の底からやりたいと思うアイディアをベースに生み出した、事業プランの場合はどうでしょうか?
 
 「こちらが正しい」ということを説得のエネルギーにするのではなく、「こちらの方が楽しい、こちらの方がワクワクする」というエネルギーにした方が、当然圧倒的に自分のなかのストレスは低いはずです。


 我々が開催している、zenschoolでは、中小企業だけではなく、大企業のイノベーション担当部署のかたも参加されることがあります。


 参加した当初は顔色もすぐれず、事業の規模だけに固着した説明に終始していた方が、チームビルディングのためのワークやマインドフルネス瞑想、ワクワクトレジャーハンティングチャートを通じて、「本当に自分がやりたかったこと」に気がつくと、会社の持っている経営資源が大きいこともあり、かなりのレバレッジの効くビジネスプランを生み出すことができます。


 また、zenschoolでは、4名同時に受講するのですが、その中に中小企業の経営者が同期となる事が多く、サラリーマンを続けていただけでは気がつかなかった、中小企業経営者の実行力や決断力から学ぶことも多く、自社製品やサービスを生み出す同志ともいうべき仲間もできます。利害関係がまったくないので、お互いの苦労を定期的に意見交換するなどこころ強い仲間が会社の外にできます。


 そのような担当者の方の顔は、まさに「こちらの方が正しい」から、「こちらの方が楽しい」にシフトしていて。、本当にスッキリすっとして、美しい顔に変わっているということが多々あります。(あくまでも、個人の感想です) 


 そのように、その方の顔が大きく変化すると、セミナーや、セミナー終了後、1年間の間、毎月1回現状をききながら、アドバイスをするフォローアップのあとに、「本当にこの仕事をしていてよかった」と、勝手に悦に入ってしまうということがたくさんあります。


 人の表情はそれほど、人の心を映し出す鏡なのだと感じたものでした。

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